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one at a time

 

one at a time = 一度にひとつのこと。

 

逆に不器用?というほど器用にできすぎているわたしたちは、

一度にいろんなことができちゃう。

 

街を見渡せば、歩いてる”だけ”のひとも、

食べてる”だけ”のひとも、

目の前の大切な人との時間を過ごしてる”だけ”の人すら、

なかなかいない。

 

昨日のおっきなまんまる満月。

手に届きそうなところに浮かんでいるのに、皆の目はスマホに釘付け。。

 

“いま経験していることをそのまま体験する” 時間を増やすのが

ヨガだったりマインドフルネスなんだと思う。

 

そう言う私も、もちろん、

気づけばmany many things at a time。。

 

それに気づいたときには、

「歩く、歩く」と一歩ずつ踏みしめて歩いてみたり、

「いーち、にーい、」と呼吸を数えてみたり。

手元の6×12センチメートルの世界から目線を上げると、そこに広がる視野の広さにハッとする!

 

「自分を大切にしましょう」ってわたしにとってはとっても難しくて、

でも、今という時間をまるっとじゅわっと味わい尽くす時ばかりは自分を大切にできてる気がします。

 

キラキラして、エネルギーに満ちているあの子やその子は皆、

額縁に入れた昨日でも実態の掴めない明日でもなく、

今をそのまま生きている気がします。

 

BE HERE NOW.

今という時間軸。ここという空間軸。

 

Namasteॐ

 


he’s Halfmoon , he’s PERFECT

 

今暮らしているお家のベランダから、お月様が見えます。

 

十五夜!満月!十六夜!スーパームーン!な月フィーバーからちょうど一週間。

今夜は下弦の半月。

 

満月よりも欠けた月が好きです。

 

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ここ数日、価値観が揺るがされるような出来事があって、

砂山の様にちょっとずつちょっとずつ積み上げた自信がなくなりそうで、

 

でもお月様を見たら、満月じゃないからってうつむいてなんかなかった。

半分なのに堂々と美しかった。

私にとっては今日の方が綺麗だった。

 

見えていないだけであと半分は消えたわけじゃないのに。

 

本当はいつもその瞬間がパーフェクトなのに、

目に見えないからって未完成な気がしてしまうのは、

足りないと思ってしまう心の働きは、ヨガをする目的そのもの。

 

これが我々を苦しめるアヴィディヤ(=無知)の魔力。

 

まんまと忘れてしまったらいつでも、

ほとんどの夜には欠けたり隠れている、お月様を見よう。

 

大切な人にも、そうじゃない人にも、

そして自分の中にも、

見えない部分に隠れたまんまるお月様を見つけられる心を育てよう。

 

そんな秋の夜長。

 

hari om tat sat,

Namasteॐ

 


愛の起源

 

男と女。この思春期以後、人の一生の大半を惑わしつづける性別はどのようにして始まったのであろうか。世界各地で花咲いた古代文明は、その神話の中でふたつの性別がある理由を以下のように説明している。
バビロニアの神話では、生命は水から現れたとされ、水は異なるふたつの状態—アプスーという淡水男性原理とティアマトという塩水女性原理から生まれたとされ、この2種の水の融合によってムンムと呼ばれる精神と理性を持った生命が生まれたと言われている。これは羊水の中に浮かぶ胎児のようなイメージである。
インドのウパニシャッド哲学では、孤独から逃れようとした神が自らの身を半分に分け、男と女とした、そして人類はそこから生まれたとされている。
ギリシャ神話ではどうであろうか。プラトンの『饗宴』の中に出てくる話によれば、人間は初め両性具有であったという。人間は球形で背中合わせに顔ふたつ、手足4本、そして一組の生殖器を備えていた。その形の故に、転がることですこぶる速く動き回ることが出来たが、その無遠慮な行動がゼウスの怒りに触れ、まるで「髪の毛で卵でも切るように」真っ二つに切り裂かれてしまった。アポロンはこの切り離された男女の形を、もう少し見栄えがするようにと委託され、今のような人間の姿になったとされている。このとき以来、この半身となった人間は、他の半身と結びつこうとすべく運命づけられたのであった。
(杉本博司「苔のむすまで」 024頁)

 

初めて訪れた2006年から、ずっと直島が好きです。

 

瀬戸内アートプロジェクトという取り組みで島全体がアートまみれなんですけど、

そこで出会った、james turrellに次いで2番目に好きな芸術家、

杉本博司さんの著書から拝借しました。面白い!

 

main『海景』/ 杉本博司

 

“愛” という概念がなかった時代、”love” の解釈について意見が分かれます。

有名なところでは、夏目漱石が “i love you” を “月が綺麗ですね” と訳し。

杉本氏はこの本の中で “情” が一番近いのではないかと書いています。

 

loveってなんでしょうね。

サンスクリット語では何と言うんだろう。

 

皆さんならなんと訳しますか?

思いついたら教えてください♡

 

Namasteॐ